ムシ歯と並んで,歯を失う原因となる二大疾患のひとつが歯周病です.好発年齢からいうと,(もちろん子供でも歯を磨かないでいると歯肉炎にはなるのですが,)ムシ歯が子供の病気に分類されるのに対し,歯周病は青年期以降の病気としてとらえてほぼ間違いないでしょう.
歯周病は,多くの場合,日常生活において,口腔衛生習慣を身に付けると同時に,予防歯科に定期的に受診していれば,防げる病気です.しかし,痛みもなく進行してゆきますので,かなりひどくなってからでないと,ご自分では気付きません.学校や会社,行政からの指摘もなく,ほっておくと,次第に口が臭くなり,早く歯を失う原因となります.歯周病の原因は,虫歯の原因と同じバイオフィルムと,バイオフィルムが石灰化することによってできる歯石です.
バイオフィルムと歯石が原因である歯周病の予防には,これらの徹底した除去が肝心です.バイオフィルムは,ご家庭で,歯ブラシすることによって落とすことができますが,自己流で,むやみやたらにおこなうと,歯のすり減りや歯ぐきの退縮(やせてしまう),あるいはブラックトライアングル(歯ぐきが後退して歯が伸びてしまったように見え,歯と歯の間の三角形のすき間が大きくなってしまう現象で,年を感じさせてしまう)の原因を作ってしまいます.そのため,プロの衛生士の指導を受けることが必要です.歯石は,いわば歯周病菌の化石で,毒素を含みますから,きちんと教育されたプロである,歯科医や歯科衛生士が,専門の器具を用いて取らなくてはなりません.
歯周病の基本検査
歯周病の初期では,検査も簡単に済み,きちんとした指導とケアを受ければ,2週間もするともとの健康な歯ぐきに戻ります.先端が色分されていて,ポケットの深さを計測できる盲嚢探針とよばれる器具を用いて,各歯を歯周プローヴして,最深の1点を記載してゆきます.同時に歯の動揺度と出血点なども調べてゆきます.
歯周病の精密検査
中等度以上の歯周病では,さらに精密な検査が必要となってきます.一歯について表3点,裏3点の合計6点.すべての歯が残っている人では,全部で168ヶ所のポケットを,歯周プローヴで計測してゆきます.中等度以上に歯周病が進行している方では,多くの場合,歯周ポケットは,各点で2mm以上の値を示すのが普通です.たった2mmですが,歯の根の全面にわたって存在するため,全部合算すると,片方の手のひら程の広さになります.つまり,片ほっぺ程の広さの部分が赤むけ状態で,そこから細菌のからだの中への出入りが自由におこなわれることとなります.からだの中は元来は無菌的,つまり1匹のばい菌も存在しません.そこに年がら年中ばい菌が入ってくることになります.こうなってしまうと,汚職に慣れっこになった官僚のように,からだはけがれに慣れてしまいます.つぎにコレラや O - 157 , MRSA などの,それこそ命にかかわる細菌が入ってきたとしても,狼少年のように,またかということになり,免疫機構の反応が鈍くなって,大変なことになりかねません.
さらに,これら体内に入った歯周病菌が核となって,心臓や脳の血管にアテロームと呼ばれるおかゆ状の物質が形成され,これが原因で,心筋梗塞や脳梗塞がおこることが,心臓外科との共同研究からわかってきました.つまり,歯を磨かずにいて,歯周病が進行するままにしておくと,寿命にまで影響することがわかってきました.
カラーテスターで,お口の中全体を染色し,まず,自分なりに普段おこなっている方法でバイオフィルムを落とします.もう一度染色してみて,みがき残しの個所を徹底して落としてゆきます.これを何回かおこなって,みがき残しの癖をなくしてゆきます.みがき残した個所にはいつもバイオフィルムが存在していたわけですので,炎症による歯周組織の破壊や腫脹(はれ),出血等が見られることが多いのです.バイオフィルムは,すべてを完全に取り除くことが肝要です.なぜならば,細菌は生きて増殖を続けているため,磨き残しのバイオフィルムがあると,瞬く間に増えてしまうからです.バイオフィルムが完全に落とせたら,次は,バス法による歯ぐきのマッサージをおこなってゆきます.歯ブラシを,歯と歯ぐきの境目に45°にかまえて,毛先を動かさないようにしながら, 100g 以内の力をかけ,マッサージします.この方法により,それまで悪い血がよってきてうっ血していた個所から,血がにじんできます.少し痛みも伴います.でも,痛いからといって,バス法をおこなわないと歯周病は治癒しません.血がにじんでこなくなるまで,しっかりがんばって日夜おこないましょう.こういった治療用のはぶらしの使用は,立派な歯周病治療の一部であり,最も重要な治療行為です.お薬は化学的な治療手段ですが,歯ブラシは,物理的なお薬であるといえるでしょう.
歯石除去
スケーラーとよばれる鋭利な器具を使って歯石を除去します.歯の根のまわりには,セメント質とよばれる,歯と骨を固定する貝柱のような歯根膜線維と結合する,生きた細胞組織が存在します.この部分を傷つけたり,除去してしまったりすると,歯がゆるんでしまいますので,プロフェッショナル以外の人がこれをおこなってはいけません.衛生士が手に持って自分の力で歯石を除去するための手用スケーラーと,超音波スケーラーがあります.
Professional Tooth Cleaning ・・・歯周病の原因となるバイオフィルムを除去する目的でおこなわれる,プロによる器械を用いない歯のクリーニング.衛生士が,器械ではない手用の器具を手におこなう歯の清掃法です.フッ素やキシリトールを作用させてゆくこともあります.バイオフィルムは落ちますが,歯の黄ばみや色素のステインはとれません.
Professional Mechanical Tooth Cleaning ・・・歯周病の原因となるバイオフィルムを除去する目的でおこなわれる,プロによる器械を用いた歯のクリーニング.衛生士が,電動エンジンに小さなブラシやゴムのチップをつけておこなう器械的歯の清掃法です.バイオフィルムばかりでなく,歯の黄ばみやステインも除去できます.歯は白くしたいが, ホワイトニングまでは,どうも? といったかたがたには,充分満足な結果が得られることと思います.人によって,お茶やコーヒー,ワインの色素やタバコのやにの摂取量はそれぞれですので,必要性の頻度も人それぞれです.
ルートプレーニング
健康な歯ぐきでは,ポケットの深さは, 0.5mm から 1mm ほどです.前述のようにポケットが 2mm をこえると初期の歯周病が始まりますが, 3mm をこえるとアタッチメントとよばれる歯根膜の頂上部の線維がこわれて,歯根周囲に存在するセメント質からはがれてしまいます.そして,セメント質は壊死(生体の部分的な死をこうよびます)してしまいます.ルートプレーニングは専任の衛生士が,歯石除去で使うのと同じ手用スケーラーを用いて,この壊死セメント質をかき取ってゆく作業を言います.ちょうど壊死した部分だけをかき取ってゆくと,生きているセメント質の最前線の細胞は,脱分化して,セメント芽細胞になり,アメーバ状に遊走して,歯根表面に新しいセメント質を作ります.ここにまた歯根膜繊維が再生してきます.
歯周外科
歯周疾患が中度を通り越すと,歯周外科手術の適応となります.盲嚢掻爬・歯肉切除・歯肉剥離掻爬術.決して気持ちのいいものではありません.こうなる前の早期の予防を期待します.
歯周組織に対するタバコの弊害
煙草の中には,たくさんの毒素とともに,一酸化炭素(CO)・二酸化炭素(CO2)が含まれます.歯ぐきは貧血してアタッチメントがはがれてしまい,早く歯周病が進行します.また,タバコは,骨の代謝にも悪影響を及ぼすため,骨粗しょう症の原因となり,歯周病治療中の歯槽骨の獲得も遅延します.